言語の習得

How do children acquire a language?


2004/03/10-2004/08/18
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子供は体系から習得する

自分の子供が言葉を覚えて行くのを観察していて気がついたことが2つある。その1つは、「子供は言葉をやみくもに覚えるのではなく、規則を覚えて行く」ということだ。

発音の面では、英語を教えても、日本語の後だと最後の子音の後に必ず母音をつける。「Dot」と教えても「ダッツ(ダッチュ)」になる。単語が母音で終ることを体が覚えているらしい。共通語では母音の無声化と言う現象があり、「~しました」の最後の「した」は/shita/ではなく/shta/と/i/が無声化する。ところが子供達がこの無声化を獲得したのは2~3歳の頃だった。「日本語の音節は(子音+)母音」という原則を先ず身に付け、次に無声化を学んだと考えている。

子供がサクランボのことを「あっさんぼ」というのを聞き、何故かを考えた際にも思った。「あっさんぼ」は「らくさんぼ」の訛りで、「さくらんぼ」の 「さ」と「ら」が交替したものだ。交替した形で一般原則通りに音便化している。音便の規則を体で覚えているからだろう。語頭の/r/が脱落したのは興味深い。古代日本語では語頭には/r/が立たず、ラ行で始まる言葉は外来語(漢語)である。「大和言葉」の原則を無意識の内に学んでいたのだろうか。いや、ラ行の発音は一番難しく、最後に習得するものなので、ただ単に「落ちた」だけなのだろう。

文法の面からも同じことが言える。子供達は一時期「ある」の否定形として「あんない」(「あらない」の音便化だと思う)を使っていた。 否定形を作る場合、原形を活用させて「ない」を付けるという原則を習得し、次いで「ある・ない」の例外的な対を学んだのだろう。「ある」が動詞であるのに「ない」は形容詞という非常に変則的な否定形を学ぶのに時間がかかったようだ。

子音と母音は別に覚える

もう1つ気付いたと言うか、考えたのが、単語を覚えるとき子音と母音を別々に処理しているのではないかということだ。子供はよく言い間違いをするが、音の交替が多い。大人でも良くある「ぶんぶくちゃまが」は/ma/と/ga/の交替なので、音節単位 で入れ代わったのか、子音だけが入れ代わったのか分からないが、「メロン」と「レモン」を言い間違えるのを聞くと/m/と/r/が交替したと考えられる。私の子供の場合は「たまご」を「ちゃがも」と言っていた。「ちゃがも」は「たがも」の転訛で、/tamago/から/tagamo/へ、あきらかに/m/と/g/の交替である。また先日は「だんろ」と「ランド」の言い間違いがあった。/danro/と/rando/も子音のみの交替である。

他の状況からも、子供は言葉を母音の繋がりと抑揚で覚え、そこに子音を付加しているような気がする。

ハナモゲラの成立

「ハナモゲラ語」という言葉を聞いたことがあるだろうか。芸人のタモリや、俳優の故藤村有弘に代表される、「デタラメだが何となくある国の言葉に聞こえる」声(言葉?)のことである。フランス語の鼻母音や抑揚、朝鮮語の語尾など、捕まえやすく印象的な部分をまねて、声に出すと、その国の言葉のように聞こえる。これも、人が言語を認識する時に、あたかも顔の認知と同様に、いくつかの特徴点を捉えて認識していることの証にはならないだろうか。特徴点抽出には、無論分解と再合成がつきもので、この分解の際に子音と母音を分解しているのでは無いか。

人は図形を認識するときに特徴点の抽出を行なっている。これは視線を記録・分析する装置を用いて明らかにされていることで、例えば三角形を見せると先ず頂点を見、さらに辺を少し見る。網膜自体に画像を微分処理する機構が組み込まれており、それとも密接に関連している。音については視線のように分析ができないため、認知機構の解明は容易では無いが、認知の全てに同様の方略が採用されている可能性は高い。声(音声言語)の認知にも何らかの特徴抽出と微分操作が行なわれているのでは無いかと考えられている。私はその特徴抽出の処理が、少なくとも日本語の場合、母音と子音に分けて行なわれているのでは無いかと思うのである。
ただし、日本語は必ず母音が連なり、間に子音が挿入されるようになっているため、分離しての処理が可能だと思うが、他の言語には子音の連なりが意味を担う言語もあり(例えばスウェーデン語のskelmskt/ʃelmskt/には母音が1つに対し、子音が7つある)全ての言語で子音と母音の分離処理が可能かどうかは分からない。

運動言語学の試み

さらに、子供の発達とハナモゲラから思い付いたことがある。1つの言語の発音体系を分析する場合、音素分析と言う記号的に分析する手法があるが、記号のシークエンスの解析からは分からない、「構音器官の動き」で説明できる規則があるのではないか、ということだ。

たとえば、同じ「あいまい母音」でも英語とドイツ語では響きが違う。ドイツ語の方が口腔の奥の方で調音する。これは、あいまい母音の現れる/-er/の/r/の調音点が英語では前であり、ドイツ語では後ろであるからだと考えている。

また、沖縄方言(琉球語)では、母音の調音点がかなり前に集中している。これと、タ行に/t/の音が残っていることとは密接な関係があるのではないかと思うのだ。

人間は口を使ってしゃべる。物を投げるときに、自然に動作が投げ易くかつ飛び易い動きに収束して行くように、ある音の羅列を発音しようとしたときには、自然に調音点の動きを少なくし、舌や口唇などの構音器官に負担が少なくなるように転訛させて行くのではないだろうか。構音器官の動き方やその経済性から音声言語を分析する手法があっても良いのでは無いかと考える。これから、そんな研究が無いか、多忙の合間を縫ってポツポツ調べて行くのだが、もし無ければ、「運動言語学kinetolinguistics」という名前はどうだろう。


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